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*人生の終わり

2018年 09月03日 14:59 (月)


2018年8月29日(水)・・・
母の力は尽きた。

午前10時13分、病院からの電話を受けた。
仕事を整理して、病院に着いたのが11時25分。

すぐに主治医とともに病室へ・・・
<11時29分、死亡確認>
「10時20分頃から、心配停止状態になりました。」とのことだった。

看護師の方々は、皆、礼儀正しく、親切な対応だった。
最期の居場所を求める老人が多い病院らしく、
遺族への配慮のある行動、
そしてすべてがスピーディーでもあった。

今朝、「○○さ~ん!おはようございます。」と呼びかけると、
うなづいていたそうだ。
「お母さんは、心臓が強かったですねぇ。」
「がんばりました。」

看護師によるエンゼルケアが済み、
母の病室に戻った私は、葬儀社が来るまでの間、
母と小1時間を過ごした。

この日の前日、酸素吸入のマスクをしていたせいか、
痩せた頬がそこまで目立たなかった。

しかし、お化粧が施されたその死に顔は、
まつ毛の長い<ガイコツ>そのものだった。
そんなことを言っては、母には悪いのだが・・・

それはそうだ。約2ヶ月間、
口からも点滴からも栄養を摂っていないわけだから。

母の顔を眺めながら、
父に気を使い、家族のために家事に従事し、
昭和の普通の専業主婦だった母を
「趣味もなくて、面白いのかな?」
「本当に幸せなんだろうか?」と思っていた私だが、
その考えは、間違いだということに気づくのに、
そう時間はかからなかった。

生きている人たちは、
生活できていることを普通のことだと思っている。

しかし、その普通なことは、なかなか大変なことである。
多くの人はそんなことをあらためて考えたことはない。

この2ヶ月、母が餓死状態になる最期の時まで付き合った。
人間って、あっけなく亡くなる場合もあるが、
力の限り生きると、結構、強い。
生命力ってすごいのである。

息苦しいこともあったであろう。
心細くなったこともあったであろう。

口幅ったい言い方をすれば、
人間の命の尊さを母は身を持って私に教えてくれた。
まさに生き様を見せつけたのだ。
くだらない人生なんてないんだ。
<生きる>ことそれ自体が、価値があり、大変なことなのだ。


身支度を整えて、葬儀社の車に乗せられた母・・・
医師・看護師・ソーシャルワーカーの方々と私で、
その車を見送った。

それまで、心の端っこに追いやっていた寂しさが、
その時は、さすがに頭をもたげてきた。

涙が少しだけこぼれた・・・



母、91歳。老衰。


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