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♪時代小説の舞台を歩く その1

2015年 02月13日 18:49 (金)


寒かったり、暖かくなったりの今日この頃。
お天気の変化の周期が早くなり始めると春が近づいている証拠だとか!
梅のお花もそろそろという先日、
都内の駒込辺り(本郷通り沿い)を歩いてきました。

横浜の片田舎の自宅からだとやっぱり遠いエリアでした。
しかし、思い切って出かけました。

どうして、そんな所へ?

私たち夫婦は池波正太郎ワールド、
ことに「鬼平犯科帳」のファンです。

時代小説家の池波氏は、
江戸名所図会や切絵図などを参考に、
「鬼平犯科帳」などの作品を書いています。

古地図に書かれている大名屋敷や寺社仏閣・商店など
そしてそのバックグラウンドにある江戸の文化をヒントに
作品を書き上げていきます。
そのイマジネーションと言ったら、そりゃ~素晴らしいものです。
中には、事実とは異なることも出てくるようですが、そこは小説。
おもしろく盛り上げていくことも多々あります。


「鬼平」については、かなり夫J氏の影響を受けている私ですが、
歴女おばちゃんとしては、
その背景にある江戸の町・文化も見逃せません。
まあ、歴史に対しての思いは熱いのですが、
知識はたいしたことありません。
そんな私ですので、
間違って理解していることがあるかもしれません。
そんな時はどうぞご指摘を!
そして新事実などがありましたら教えて下さいね!


あ~っ!いけません。前置きが長過ぎますね。
今日は、小説の内容に深く入り込むことなく、
誰にでも分かっていただける
江戸散歩をご紹介していこうと思います。


それでは、JR山の手線「駒込」駅からスタートです。
作品・「盗賊婚礼」ゆかりの地を歩くの巻


~六義園~




こちらは、「鬼平」には関係ありませんが、
<駒込>まで来たので、立ち寄ってみました。

多くの方々がすでによくご存じの庭園ですね。
徳川五代将軍の時代から、江戸の大火、関東大震災、
第二次大戦の戦火から逃れています。
幕末までは柳沢吉保氏の下屋敷、
明治維新後には、岩崎弥太郎氏がこちらを購入して再整備、
そして現在に至っているそうです。


今は冬枯れのしだれ桜ですが、春には主役になりますね!






梅はこの木だけでしたが、よく咲いていました。


六義園をあとにした私たちは、

駒込富士神社(富士浅間神社)へ・・・




こちらは、「鬼平犯科帳」に出てくる場所です。








江戸時代の富士山信仰の拠点の一つとされていたそうです。
町火消したちから深い信仰がよせられた。
江戸時代において最も古い富士講組織があったとされている。

こちらの主祭神の木花咲耶姫(このはなさくやひめ)。
嫉妬深い女神で美人とともに連れ立ってお参りすると、
雨を降らせるとか・・・
アレッ?
メグおばちゃんがお参りした時、雨は降らなかったんですけど!

★ちょっこと豆知識★
初夢で有名な「一富士、二鷹、三茄子」は、
この周辺に鷹匠屋敷があった事や、
駒込茄子が名産物であった事に由来しているそうですよ。

「駒込は一富士二鷹三茄子」
と当時の縁起物として川柳にも詠まれたとも!(ウィキペディア参照)
                 
*「一富士ニ鷹・・・」の云われについては諸説あります。


現在ではマンションや住宅に囲まれた神社となっていますが、
自分勝手に「鬼平」の時代に
思いを馳せるメグおばちゃんなのであります。








さて、次に向かったのは・・・

~天祖神社(てんそじんじゃ)



こちらも「鬼平犯科帳」に出てくる場所です。

創建は古く、文治5年(1189)源頼朝公奥州藤原泰衡征伐の時、
霊夢のお告げがあり神明を祀ると伝えられています。

駒込周辺地区の総鎮守となっている神社です。


住宅街の中にある神社でした。



第二次大戦時に残念ながらすべて消失。
現在の社殿は昭和29年、再建。




~円通寺~



「鬼平」の中ではたくさんのお寺が登場しますが、
こちらのお寺はたった一度だけ「盗賊婚礼」の巻に出てくるだけです。
円通寺のご住職も「鬼平犯科帳」のファンだとか・・・



本堂の前には立派な桜の木があり、
またその下には、
ゴザが敷かれた簡易休憩所が用意してありました。
小さな灰皿まで置かれていて、
喫煙者への配慮が感じられました。
夫J氏としてはポイントが高いお寺かな?
そうそう、作中では「鬼平」の実母のお墓があることになっています。


さあ、どんどん進んで行きましょう。

~吉祥寺(きちじょうじ)



本郷通り沿いでひときわ目を引く、立派な門でした。
こちらは江戸時代には、漢学の一大研究地で、
現在の駒沢大学の前身だそうです。
全盛期には、1000人の学僧が学んでいたこともあるそうです。

七堂伽藍(施設が充実している)のある寺院でした。
そんな素晴らしい寺院も第二次大戦でほとんどが焼失、
山門と経蔵が残っただけだそうです。

残念ですねぇ!江戸の文化や歴史・・・
江戸の大火や関東大震災、そして一番残念なのは、
やはり第二次世界大戦ですね。


山門から本堂までの参道。
左右にはイチョウやしだれ桜の木々がありました。






八百屋お七はご存じですか?

文楽や歌舞伎などでかなり脚色されている作品のようですが・・・
少女が放火して火あぶりの刑になったことだけは事実のようです。
この少女の出来事が脚色され、井原西鶴の「好色5人女」に取り上げられ、
江戸でベストセラーになったそうです。
井原西鶴の作品のなかでは、こちらの吉祥寺が
お七と吉三郎の出会いの舞台となっています。

比翼塚・・・愛し合って亡くなった男女を一緒に葬った塚
史実ではお七のお墓は別のお寺となっています。


本堂


本堂から見た境内

都会の中のお寺と言った感じが、
お分かりいただけるのではないでしょうか?
七堂伽藍を誇った広い境内が想像できます。
左端の建物が古いもので戦禍から逃れた経蔵です。




本堂脇によく手入れされた梅が咲いていました。






吉祥寺をあとにした私たち・・・

次に向かった所は、「鬼平」とは特に関係ないのですが、
夫J氏が「見ておきたい所がある」というので、
そこへ・・・
通り沿いなので、問題なし!
メグおばちゃん、どこへでも行くよっ!

駒込土物店跡(本駒込1-6-16)



先ほど、立ち寄った<駒込富士神社>辺りは、
駒込茄子の産地でした。
今では、農地は住宅地へと変わり、作られてはいないそうです。
茄子以外に大根・ニンジン・ごぼうなどの土のついた作物を
こちらの市場で扱ったのでしょうね!

でも、我が夫なんでここを?
ちょっとマニアックな感じのポイントでした。


さあ、そろそろお腹が空いてきました。

道沿いのお蕎麦屋さんでやっとお昼ご飯です。
駒込の駅からあちこち寄って少々疲れました。



お腹ペコペコ!
美味しかったで~す。


「鬼平犯科帳」ゆかりの地・江戸散歩・・・

本郷通り沿いに、もう少し歩きます。








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