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★来迎寺・向福寺・九品寺

2009年 01月30日 15:17 (金)

1月25日、日曜日。
私たち夫婦は、
鎌倉鶴岡八幡宮のぼたん庭園を見学した後、
鎌倉駅周辺を散策、そして最終目的地の材木座海岸周辺のお寺を3つほど訪ねました。

この日の散策で鎌倉三十三観音巡りも後半になりました。
材木座海岸の次、大詰めは北鎌倉です。
北鎌倉には大きなお寺が多いですが、今回の3つのお寺は鎌倉でもかなりこぶり・・・
庶民的なイメージのお寺です。

①【来迎寺(らいこうじ)】

こちらのお寺は第十四番札所となります。
1194年、源頼朝が鎌倉幕府の礎石となった三浦大介義明の霊を弔うため、真言宗能蔵寺を建立したのがはじまり。当時、能蔵寺の名前は、この付近の地名として使われていた。頼朝が亡くなった後、音阿上人が時宗に改宗し、来迎寺に改名した。
本尊には義明の守護仏とされる阿弥陀三尊立像のほか、子育て観音と親しまれる聖観音が祀られている。墓地の奥には義明の墓や、平家方の畠山軍に17歳の若さで殺された多々良三郎重春の墓と伝えられる五輪塔もある。                        鎌倉ツリープHPより

住宅街の中の小さなお寺でしたが、由緒はなかなかです。
我が息子と同じくらいの年齢(二十代半ば)の御住職か副住職でしょうか?!
私たちの御朱印を受けつけて下さいました。
その方は母屋に入るなり「お母さ~ん!」と叫んだあと、
本堂で行われる法事へと向かわれました。
御朱印を持って出てこられたのは、お婆さまでした。
枯れたいい字はこの方が書かれたのでしょうか?













②【向福寺】

このお寺も来迎寺の近くにありました。
第十五番札所となります。
こちらも道路沿いながら、奥まった所に位置しているため、うっかりすると見過ごしそうになります。

鎌倉三十三所観音霊場第十五番札所。本尊は木造阿弥陀三尊像で、南北朝時代の作といわれている。本堂と表門は江戸時代に再建されたが関東大震災で全壊してしまい、昭和初期に建て直された。
                                   鎌倉ツリープHPより
こちらのお寺に、「丹下左膳」の作者、林不忘さんが新婚当時お部屋を借りて
お住まいだったとか?!
「丹下左膳」がどんな感じの作品なのか私はよく知りません。(笑)
その風貌だけはなんとなく・・・



なぜか写真はこの一枚しか撮らなかったようです。(汗)
こちらも法事が始まる前のようでした。

さてさてこちらの御朱印は・・・



こちらの御朱印は、やはりお婆さまでしょうか?!優しそうな雰囲気の方でしたが、
柔らかなイメージの文字ですが、文字自体はしっかりしていますね!




次に進みま~す。




③【九品寺】

第十六番札所となります。

建武3年(1336年)、新田義貞が【鎌倉攻め】の際、戦死した双方の死者のために
<本陣跡>のこの地に<九品寺>を創建したといわれています。
ダイヤモンド社 「鎌倉の古寺」より





ここに書かれている「九品寺」と「内裏山」の文字は、
新田義貞 自筆の文字を模して作られたものだそうです。(お寺の栞より)




さてさてこちらの御朱印は・・・



                   これは分かりやすいですねぇ!↑ ↑ ↑


3つのお寺を拝観したあと、海岸に出てみました。風の強い日でした。
電線が邪魔ですが、遠くに雪の富士山が見えました。




↑  ↑  ↑    こんな写真を撮っていると・・・



          いつもこうなります。↓  ↓  ↓


「おーいっ!待ってぇ~!」

「朝のことまだ怒ってるのぉ~~~~~?!」


今日はこのへんで・・・

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