01月 « 2020年02月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29  » 03月

*ママが壊れていく・・・第1話

2012年 08月30日 14:16 (木)

 
老いそして死・・・
人間として生まれたからには誰もが避けて通れない。
一人で生まれてきて、一人で消えていく・・・
宇宙的な時間で言えば、ごくごく短い時間のことかもしれない。
しかし、その短い時間の中で、人は笑ったり、泣いたりする。
 
私が母の本格的な老いに気づいたのは、
2012年4月・・・
もちろん、耳が遠かった母の記憶力はかなり落ちていた。
それでも電話で会話をする分には、
そんなに問題はなかった。
外出して食事をしていても短時間の行動の範囲内では、
その老いは、年相応だった。
 
落とし穴は、実家を訪ねていなかったことにあった。
几帳面な母のひとり住まいは、パッと見は綺麗にしてあった。
しかし、よく見ると台所の調味料入れの塩がベタベタになっていたり、
冷凍庫に冷凍されたヒレ肉が2011年の3月の日付だった。
後日ケアマネが発見したのだが、
2008年の日付ポン酢が、平気で冷蔵庫に入っていた。
 
2012年4月。
私の息子がハワイで結婚することになった。
86歳の母を一人残して、両家の家族だけということで旅立った。
2012年の4月10日に出発を知っているはずの母が、
「13日に大腸の検査があるんだけど、ついてきてくれる?」と・・・
「アレ?」と思ったが、もちろん行けないと断った。
 
そして、5月・・・
毎年恒例、私と夫J氏がゴールデンウィークに遊びに連れていった。
元気がない・・・呂律が回らない・・・
 
おかしいと思った私は、すぐにかかりつけの病院に母を連れて行った。
 
診断は、極度の<脱水>症状。
検査に点滴・・・母も私も何回、病院へ通ったことか・・・
 
その間にも母の痴ほう的な言動は、悪化していく・・・
 
実家に行くこともかなり増え、
近所の昔馴染みのおばちゃんたちに挨拶にも行った。
 
そこから、最近の母のいろいろなことを聞いた。
総合的に考えると、母の痴ほうに気づいたのは、
どうやら、娘の私より、よそ様だった。恥ずかしいと思った。
薄々気づいていたことかもしれなかったが、
母のそんな様子を信じたくなかったのかもしれない。
 
どうしたら、いいのか。
私が行動を起こすきっかけになったのは、
お隣さんの言葉・・・
「お母さん、頻繁にお鍋を焦がしているようなの。」
その言い方から、かなり前からのことだと分った。
人に迷惑がかかっている・・・
 
介護保険・・・もちろん知ってはいる。
しかし、どこから何をどうしていいのかは、他人事で分らない・・
困った・・・
 
 
まず、6月の中旬に区の介護保険課に認知症の判定をお願いした。
それと同時に区の地域包括センターに相談に行った。
そちらの対応は実に早く、相談に行った当日から動いてくれた。
判定が出る前、下準備の手ほどきを受ける。
介護保険課の対応は、噂では遅いので、先手を打っての行動だ。
すぐに行動してくれた地域包括センターのSさんは、
私に「分らないことをいつまでも考えていても結論は出ません。
まずは、相談してみることが大事です。それが第一歩」
 
これは本当だった。
要支援だった場合、要介護だった場合・・・
どんどん下準備が進んでいく!
 
7月に入って、認知の程度が判明した。
要支援か要介護の境目だと予想していたが、
結果は要介護2だった。
偶然だが、それが判明した日はくしくも私の誕生日、7月11日だった。
思ったより、悪い判定だが、考えようによっては、
介護保険のサービスは、かなり受けることが出来る。
 
ケアマネも決まり、どんどん計画が立てられていく。
ヘルパーさんの助けを借りながら、
健康状態もみるみる間によくなった。
 
 
要介護生活が始まった母。
デイサービスに行きながら、
精神科で認知症の検査も始まった。
角度を変えたいくつかのテスト・・・
ただの認知症ではないかもしれない。
ある病気が邪魔して認知の程度が悪くなっている可能性も疑われている。
でも、認知症らしき状態に変わりはない。
 
8月の暑い日の診察日・・・
ヘルパーさんと私のリレーにより病院へ行くはずだった。
何回も何回もその段取りを説明した。
ノートにも書いておいた。一時間前に電話もした。
しかし、何を思ったか母は、所持金もないのに、
一人で病院に車を呼んで行っていた。
しかも診察まで終わっていた・・・
 
先生「お母さんは瞬間を生きている。<言ったでしょ?!>は通じない。」と・・・
 
まだまだ、解かることが多い母、
次の私の決断は、いつ介護施設へお願いするかということになるのか!
安全面(本人・近所)を考えれば、施設ももちろん良いに決まっている。
しかし、今、母を納得させることはまだ難しい気がするし、
なんだか自分が冷たい悪人のように思えてならない・・・
私のこの考えが、裏目に出てしまうかもしれないと思うこの頃である。
 
8月ももう終わろうとしている・・・
 
 

 
2011年10月1日 親戚の結婚式に出席 
 
 
 
 
 
つづく・・・

コメントの投稿

非公開コメント