07月 « 2019年08月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  » 09月

「天使はブルースを歌う」

2019年 08月05日 16:36 (月)

こんにちは!メグおばちゃんです。
本日は、最近読んだ本のご紹介です。
長くなりますので、興味のない方はスルーして下さい。


皆さんは、横浜にどんなイメージをお持ちでしょうか?

現在の横浜は、国内でも屈指の観光地です。
港の見える丘公園、外人墓地に中華街・・・
そして近年ではみなとみらいなども発展を遂げています。
夜景などもなかなか素敵ですよね!

そんな横浜ですが、
第二次世界大戦後は、アメリカ軍に占領され、一言では語れない過去がありました。
戦後の混乱の中、
生きるために身を売る人、性被害に遭った人・・・
敗戦国としては避けられない現実なのかもしれません。

今でこそ山手の外国人墓地は日本で活躍した人たちの墓地として存在し、
有名な観光地となっています。(開設は1800年)
しかし、戦後まもなくは、誰からも望まれずに生まれてきたGIベイビー(混血嬰児)が
遺棄された場所でもあったのです。
横浜には山手の外国人墓地中華義荘
英連邦戦死者墓地そして根岸外国人墓地の4つがありますが、
今回取り上げるのは、その最後の根岸外国人墓地(1902年開設)です。

著名人が眠る山手の外国人墓地が手狭になり、
新たに造られた根岸外国人墓地ですが、
山手に比べてアクセスがいまひとつだったため、
使われなくなり、手入れも行き届かないひっそりと存在する墓地となっていました。
あの山手に遺棄されたGIベイビーもある日本人の手で、
根岸外国人墓地へ移されたとされています。
そして人目につかない根岸外国人墓地は、
さらに嬰児を遺棄するにはちょうどいい場所となり、
その後、そちらで埋葬されたのです。
その数合わせて、800体~900体と言われています。
驚くべき人数ですね!そのそれぞれの人生は、あっけなく葬り去られたのです。
そしてそこには、数多くの十字架が置かれていたそうです。

十字架
写真は、はまれぽより


草深い寂しい墓地を近隣の中学の先生と生徒で清掃とその歴史調査が行われました。
やがて、横浜市と民間の軋轢を経て、
横浜山手ライオンズクラブにより、埋葬された嬰児たちの慰霊碑が建てられました。
その慰霊碑は、片翼がとれた天使がモチーフとなっていました。

しかし、決定的な文書がないということで、
横浜市はなかなかそのGIベイビーの埋葬の事実を認めようとはしなかったのです。
根岸外国人墓地の案内板も当初はその歴史が書かれた正しいであろう文言は消され、
書き換えられているそうです。(2015年新聞記事になっています。カナロコ★

どうして、横浜市は悲しい歴史を執拗に隠そうとするのでしょうか?
表の歴史があるとすれば、裏もある・・・
表・裏合わせて「歴史」だと思いませんか?
多くの人の証言や地元住民の話などから、
望まれない赤ちゃんは、たしかにそこに眠っているはずなのです。
暗く・悲しい過去でも皆が知る権利はあるのではないでしょうか?

こんな内容が、
戦後のアメリカナイズされた横浜の記憶や
横浜生まれのグループサウンズ「ゴールデンカップス」、
そして浜っ子のある年齢以上の方なら見覚え、聞き覚えのある
街娼「メリーさん」のことを絡めて、
山崎洋子さんによって書かれたノンフィクションです。

作者の山崎さんは、横浜在住ですが横浜出身ではありません。
私も横浜に30年以上住んでいますが、横浜出身ではありません。
山崎さんのご主人も私の夫も「本牧に米軍が居た頃の横浜が横浜らしい」と言います。
その頃の横浜を知らない私たちは、「ちょっと悔しい?」、
そんな共通の思いを持っていたことが、
私がこの作品に惹き付けられた要因の一つになっています。

元ゴールデンカップスの中華街出身のエディ藩氏と山崎洋子さんが作った、
「丘の上のエンジェル」を最後にどうぞ!(ベイビーたち慰霊碑建立の時にできた1曲です。)





父の顔も母の顔も見ることもなく、この世から葬り去られたGIベイビーたち・・・
なんとも言えない気持ちになります。



20190727_142815241.jpg

「天使はブルースを歌う」 山崎洋子著 毎日新聞社刊

表紙の写真が慰霊碑です。(片翼がとれたエンジェルがモチーフ)







写真日記ランキング 


にほんブログ村 写真ブログ カメラ女子(女性初心者)へ
にほんブログ村