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♪生麦から大黒そして・・・

2016年 11月08日 16:09 (火)


ハイハ~イ!メグおばちゃんです。
朝晩は、ホットカーペットの温もりが恋しい時期になりました。

先日、横浜の中心部ではないエリアを歩いてきました。
歩いたといっても一部車を使っています。

まずは、
あの生麦事件があった横浜市鶴見区生麦(なまむぎ)
JR鶴見線の国道駅からスタート!

ブログを始めた頃に一度訪れたことがあります。
昭和のイメージを残す場所として、
多くのブログで紹介されていますので、
「見たことがある!」と思われる方も多いかもしれません。




昭和5年に開業、昭和46年には無人駅となり、今もそのままです。












JR国道駅を出ると、生麦魚河岸通りがあります。
こちらの通りは、旧東海道で「生麦事件」が起きた界隈でもあります。
生麦という地名にも何か謂れがありそうですね。

生麦の地名の由来は諸説あるようです。

家康の入国時に道がぬかるんで悪かった為、
麦の穂を敷き詰めて道を整備した説。

この地でよく獲れたミル貝などの生貝を、
むき身にして生計を立てていた家が多く、「生むき村」となった説。

岸谷にある竜泉寺のお墓に書かれている
「生麦の碑」と何か関係しているのではないかという説。

真偽のほどは定かではないようです。
いかにも①②が由来のようですが、
1601年(関が原合戦1600年)には、
「生麦の碑」はあったようなので、③が近いのかな?
かなり昔から「生麦」の地名があったことは確かなようです。



生麦魚河岸通りから鶴見川の方向へ歩いてみました。
着いた先は鶴見川下流エリアの貝殻浜という場所です。
上の写真の白く見える浜がその名残りです。
以前は、もっと広かったそうですよ。

現在では整備されて小さな公園になっていますが、
昔、この辺りは貝や海苔の漁場だったらしいです。
この浜が貝殻の浜になったのは、
浜で貝をむき、
その貝殻が蓄積して出来たからだそうですよ。




意外にキレイ・・・





貝殻浜をあとにした私たち夫婦。
大黒エリアに移動しました。
もしかして、富士山が見えるかも?




こちらはある会社の裏側で
釣り禁止、関係者以外立ち入り禁止ですが、
こっそり潜入です。






この日はお天気が良かったので、
少し薄い富士山を確認できました。







望遠で、ググッと近づいてみます。





この公園から左方向を見るとみなとみらいが見えます。

大黒エリアを車で通る時、いつも思います。
「どうして絶景のスカイウォークを閉鎖してしまったのか?」と・・・





大黒エリアから山下公園へ・・・

銀杏はまだまだ緑色でした。
木によっては黄色いものもありましたが、
全体的にはまだまだです。








山下公園のリニューアルした花壇では、
ほとんどのバラは終盤でしたが、
花壇中心部の白いバラが満開でした。


山下公園からお腹が空いたので、中華街へゴ~!




早めのお昼を中華街で久しぶりに食べました。
その時の記事は→こちら


最後になりましたが、
この日、生麦にたちが行った本当の理由は・・・

生麦魚河岸通りの朝市を見るためでした。
毎月第1日曜日 朝8時からのはずでしたが、
やっていませんでした。なくなっちゃの?

江戸時代には、幕府に魚貝類を献上するほどの
有名な漁港だった生麦ですが、
大型寿司チェーンの台頭や個人の寿司店の減少、
それに伴い魚貝を扱うお店もかなり減ったようです。

生麦も工場地帯の埋め立てで、
漁業の縮小が余儀なくされたようですが、
ちょうど9月に行った千葉の浦安と似ていると思いました。


こんなわけで生麦の朝市がなくなくなっていたために、
この日はなんともテーマのない、
横浜巡りとなりました。



じゃ、今日はこのへんで・・・