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♪大井川、渡ってみました。(島田宿)

2016年 09月03日 15:19 (土)


ハイハ~イ!メグおばちゃんです。
またお天気下り坂のようですね。
がっかりです。



さて、メグおばちゃんの静岡旅の記事もそろそろ終盤。
やっとここまで、こぎつけました。(笑)

焼津インターそばのビジネスホテルを出発して、
向かったのは、東海道の「島田宿」です。
こちらも鬼平犯科帳に出てくる宿場です。

(コメント欄は閉じています。)


また、この地図を活用させていただきますね。




「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」

↑江戸時代の東海道の難所・大井川を表しています。
どこかで耳にした方も多いかと思います。


大井川と宿場の位置関係 (拡大可)



こんな風に人足よって運んでもらっていました。


川の深さによってお値段が違います。(拡大可)



身分によっても台(座るところ)に違いが・・・

大井川は、急流で雨が降るたび、
向こう岸に渡れなくなったそうです。
お伊勢参りなど一般庶民の間にも旅をする人が増え、
この「島田宿」で足止めとなっていたそうです。

なかなか水かさが減らず、
1ヶ月近くこの「島田宿」で過ごすことになった旅人もいたとか!
散財することになりますね!旅人泣かせです。

そんな訳でこちらの宿場は旅人で
賑わい、繁盛したらしいですよ。
遊女なども多かったそうです。
そんな彼女たちが江戸時代の文化の発信者!
遊女たちがしていたの日本髪の一種で、
島田髷(しまだまげ)が、当時、大流行!

はじめは遊女たちだけの髪型でしたが、
そののち一般女性の間でも流行ったそうです。
文金高島田などのルーツもここ「島田宿」でした。

島田髷については諸説あるそうですが、
現在、島田宿が発祥ということが通説となっています。

大井川のほとりが文化の発祥の地、
その当時の宿場の繁栄がこんなことからも
容易に想像できるのではないでしょうか?




宿場の町並みが残っています。
建物は復元






こんな感じの人に担いでもらって川を渡ります。








「島田宿」の町並みの途中に、<島田市博物館分館>があります。



またその奥には民族資料室もあり、
郷土の歴史を知る上で重要な品々が展示されていました。


<島田市博物館分館>があるからには<本館>もあるはず!



こちらが<島田市博物館>です。
大きい建物です。立派です!
しかし、お盆のお休みだというのに、
お客さんは私たち二人だけでした。
よその町の悪口は言いたくはないのですが、
建物だけ立派で、展示内容は・・・アレレッ?薄いです。

その内容ならもう少しコンパクトな建物でも十分だと思いました。
頭の中には「無駄」の二文字がグルグル・・・
「島田宿」を守りたいなら、力の入れ方にもうひと工夫が必要かな?


ちょっと毒を吐きました!


この博物館の目の前が、大井川でした。


広い河川敷が目の前に広がります。


やっぱりここまで来たからには、
大井川の広さを感じてみたい!


渡ろう!
車ですけど・・・





大井川を渡っているところです。これだけ見ても川幅が広いですね。
ずっと先が「金谷宿」方面です。




車窓から見る大井川・・・


お天気が悪くて残念でしたが、
越すに越されぬ大井川を体験できてよかったです。


次は、いよいよ・・・静岡旅・最終章です。



じゃ、今日はこのへんで・・・