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♪豊臣秀吉の一夜城 (小田原市)

2011年 01月31日 19:17 (月)

ハイハ~イ!メグおばちゃんです。
今日は寒い一日でした。寒さに「超」がつきますわよ!ホント・・・
 
さてさて、今日のお話は・・・
タイトルから想像がつくようにちょっと歴史がらみです。
だからと言ってマニアックで分かりにく~いっていうことはなく、
サラッと読み流していただければと思っています。
 
以前から、気になっていた神奈川県・小田原市にある「石垣山一夜城歴史公園」に行ってきました。
一夜城と言っても、現在、お城はなく、その歴史に思いを馳せるといった感じの所です。
 
 

私たち夫婦の朝は早い!日の出とともに、小田原へゴ~!
もっと富士山がよく見えるポイントがあるのですが、カメラの用意が間に合わず・・・
ここでパチリ・・・車中からなので、少しブレてますね!(汗)
でも、「今日も良いお天気だぁ~!」とテンションも上がります。
 
★今回は写真は全部大きくなるはずよぉ~!

いきなりですが・・・(笑)こちらは目的地の石垣山です。
標高257m、お城があった頃は、天守閣を含めると261.5mの高さがあったと推測されています。

駐車場からも相模湾がよく見えます。
 
 
 
ここで、石垣山一夜城って何?
 
まず、このお城の主は・・・豊臣秀吉です。
 
1590年(天正18年)、秀吉が当時の小田原北条氏を攻め込む際に本拠地とするために作られたお城です。
そのお城は、関東ではそれまでにはなかった石垣造りの珍しいスタイルのもの。
当時は石垣山という呼び名ではなかったようですが、のちにこのように呼ばれるようになったのは、
この石垣のためだとか・・・
今でもその当時の石垣を見ることができます。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   (写真・左)二の丸跡から本丸方向を・・・        (写真右)こんなに大きな石がゴロゴロ・・・   
残念ながら、当時の石垣は関東大震災で崩壊してしまったそうです。 
 
そうそう!一夜城の説明が少し不足しています。
 
秀吉がその栄華や権力を示すために素晴らしいお城を作ったわけなんですが、
そのお城の建築される様子は、小田原の人々は知らなかったようなんです。
 
山のてっぺんは、木々で覆われていて、その築城の様子は見えなかったようです。
まあ、知らないというのは、少し語弊があるようですが・・・
 
じわりじわり、小田原城を包囲していった秀吉軍・・・
小田原北条氏もそのことを脅威に感じていたその頃!
 
ついに山頂のお城の周りの木々は一夜にして伐採され、その石垣山にお城が突如、出現したそうです。
小田原城の周りはすべて秀吉軍に包囲されて、孤立した小田原北条氏だったのです。
もう、お手上げ状態ですね!参ったぁ~!
 
もちろん一夜城というのは、突然現れたように演出されたわけです。
実際は、約4万人が動員され、80日間かかったとされています。
 
この一夜城ではお茶会などが開かれて、千利休や淀君なども訪れたとか・・・
 
現在は当時に思いを馳せるものは、崩れた石垣だけですが、
小田原城や小田原の街・丹沢の山々・相模湾が一望できるこの石垣山!
この眺めこそ、秀吉の権力や大胆な発想などを現在でも十分感じることができるものでした。
 

手前は二の丸があった場所。奥の山々が丹沢方面です。
 
 

メグおばちゃん、目が悪いのかしら?木があって小田原城が確認できませんでした。(汗)
 

相模湾はとても良く見えます。
三浦半島や房総半島まで・・・
秀吉も見ていたのでしょう。
 
 
 
 
メグおばちゃんの史跡めぐり・・・もう少し続きます。
 
じゃ、今日はこのへんで・・・