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♪生麦事件の現場検証!

2010年 09月15日 17:05 (水)

ハイハ~イ!メグおばちゃんです。
秋です!今日はすっかり秋めいている横浜です。
 
いきなりですが・・・前置きなしで本日の本題に入ります!昨日の続きです。
 
【キリン横浜ビアビレッジ】で簡単な昼食を済ませて、私たち夫婦は京浜急行沿線をさらに歩きます。
 
そうそう!このキリンビールの横浜工場(鶴見区生麦)の敷地って、とてつもなく広いのですが、
その近くに、なんと日本史に深く関係する場所があります。
 
生麦事件・・・内容は忘れていてもその事件名だけは、聞き覚えのある方も多いはず!
この事件は紛れもなく、このキリン横浜工場近くで起きていたのです。
 
 
      【メグおばちゃんの噛み砕き過ぎ日本史講座】
 
時は文久2年8月21日(午後2時頃)のこと。
薩摩藩の大名行列が、暑い中、東海道の神奈川宿を目指して総勢約400人で歩いていた時のこと、
その反対方向から、馬に乗って川崎大師(推定)を目指していたイギリス人(男3人・女1人)と遭遇。
 
道いっぱいに広がって歩いていた大名行列。ピクニック気分のイギリス人は、日本語も日本の風習も
理解出来ず、その行列に交わるような形になり、また馬からも降りずにいたのであります。
再三の注意にも耳を貸さないイギリス人、というより意味が分からなかったらしいのですが・・・
 
その行動が武士たちには、無礼極まりないと映り、イギリス人の一人を刀で斬りつけたのだそうです。
慌てふためいたイギリス人たち!女性はどうにか逃げのびました。
その他の2人は、怪我をしたものの当時のアメリカ領事館(本覚寺)に逃げ込んだのでした。
ここで治療にあたったのが、ヘボン氏でした。
 
最初に刀で切りつけられたイギリス人は、内蔵が飛びだすほどの重症でしたが、
事件現場から600~700m先まで逃げ、力尽きたと言われています。
それがまさにキリン横浜工場の見学者入り口付近です。
 
(参考→この事件がきっかけで薩英戦争が起きています。)
 
 
横浜市鶴見区生麦ってこんな事があった土地なんです!
 
キリン横浜工場の見学者入り口の近くで・・・  ↓
 

これは、大きな道路(第一京浜)沿いにあります。 ↑ 「これが事件現場なんだぁ~!」と思いました。
 
これで本当なら終わるところでしたが、私たちはプロの職人が集まる生麦魚河岸通りを探しながら、
歩いていると・・・先ほどの大通りを一本中に入った所にまたまたこんなものを発見!    ↓
 

じゃ、事件現場が二つ?こちらは、一般のお宅の前・・・しかし、この道こそが旧東海道のようでした。
 

 
自宅で調べてみると、その答えは簡単に出てきました。
この民家の前で、まず武士対イギリス人の事件が起こり次に第一京浜沿いの【生麦事件の跡】の場所で、
切られたイギリス人が逃げのび、そして命を落とした現場だったのでした。
 
でも、キリン横浜工場のある<第一京浜沿いの碑>が事件現場だと信じている人は多いと思います。
なんだか紛らわしい二つの生麦事件現場でした。
 
先ほど、生麦魚河岸通りにちょっと触れましたが、こちらの商店街は江戸時代から続く由緒ある所だそうです。
旧東海道沿いの200m程の商店街は、お寿司屋さんが買いに来る、知る人ぞ知る商店街!
こちらは一般客への販売もしているそうです。ぜひ、一度覗いてみたいものです。
この日は日曜日だったから?見事に全店お休みでした。(笑)
 
 
この魚河岸通りを歩いている頃から、私たちはすっかり迷子・・・
昔の記憶をたどりながらの夫J氏に引っ張りまわされました。(泣)
 
そして、辿りついた所が鶴見川・・・暑い日でしたが、川からの風は気持ちがよかったです!  ↓

 
 
そして、【京急鶴見駅】が近いはず・・・とまた歩き出したのですが・・・
 

 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
レトロな感じの異空間な所として、ブログで何回か見たことのあるJR鶴見線の【国道駅】に辿りつきました。
ここで電車に乗ってもよかったのですが、J氏は「京急鶴見はすぐ近くだから・・・」と、さらに歩いたのでした。
 
最後の終着点【京急鶴見駅】に着いた私たちはヘロヘロでした。
 
とても疲れた日曜日でしたが、得るものも多い日曜日でした。
 
 
★こんなに長い記事にするつもりではありませんでした。お付き合い下さいましてありがとうございました。