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横浜の桜(岸根公園)

2021年 03月27日 15:40 (土)


こんにちは!メグおばちゃんです。
お天気が良い本日の横浜です。
明日のお天気は悪い予報ですので、
今日あたり、お花見やお買い物で公園やショッピングセンターの人出、
かなり増えているのではないでしょうか?

今朝は少し早く出勤!
仕事場からそう遠くない【岸根公園】で桜を見てきました。
今年の横浜のソメイヨシノは、
一気にド~ンではなく、
じっくりじっくり・・・
やっと8分~9分咲きといったところでしょうか?

それでも朝から、ウォーキングの人、ワンちゃんのお散歩の人、
そして、お花見の場所取りの人・・・あれれ?やっぱり居ました。
お酒なしでも、大きなシート、大人数はダメでしょ!



岸根



この横浜市港北区にある岸根公園ですが、元は米軍の基地でした。
朝鮮戦争(昭和25年)からベトナム戦争(昭和48年)が終わるまでは、
兵舎でありまた野戦病院となっていった場所です。
広いですよぉ~!

夫J氏は、横浜生まれの横浜育ち、
しかもこの岸根公園辺りまでは
小学生でも自転車で遊びに行けるエリアだったそうです。

野戦病院時代の網状のフェンスのことや
入口に岸根バラックス(兵舎)と書かれた門があったことを
覚えているそうです。

お母さんからは、
「あそこへは近づいちゃダメよ。」と言われていたそうです、

岸根バラックス内の池は、
負傷した遺体を洗ったかのような赤色に染まっていた・・・
そんな都市伝説まで当時はあったらしいです。

現在では、いたって平和で、老若男女が楽しめる公園です。


岸根



岸根



岸根



岸根
ヨコハマヒザクラ

少しピークは越えていましたが、
辺りの緑色の中で、一段と綺麗に見えました。


岸根
ヨコハマヒザクラは、昭和47年頃、横浜市港北区在住の園芸家の方が交配させた桜だそうです。



岸根

あのベンチに今日はどんな人が座るのかな?



普段より30分早く出た甲斐あって、
さわやかな朝の時間を過ごすことができました。



じゃ、今日はこのへんで・・・


夜桜・夜景・横浜港

2021年 03月25日 16:43 (木)


こんにちは!メグおばちゃんです。
昨晩は仕事を終えてから、
久しぶりに横浜の港方面へ車で行ってきました。

仕事場からは車で信号待ちを含めて15分~20分。
車を走らせながら、街並みに目をやると、
みなとみらい日本大通りなど、
思ったより、人は少なかったですねぇ。
やっぱり多くの人の気持ちの中で、
コロナへの不安が多くあるんだなと感じました。
マスク着用率100%、家路を急ぐ人が多いようです。


一部の若者の暴走行動がマスコミで取り上げられていますが、
多くの人は常にコロナのことを忘れてはいません。


さて、さて、
山下公園の枝垂れ桜が満開ということを
ある方に教えていただいたので、
行ってみることにしました。
数人の人が集まって、夜桜を撮っていました。
私も撮りました。
しかし、ボケボケ!
お見せできるような写真ではありませんが、
雰囲気だけお伝えしようと思います。


夜桜
氷川丸と枝垂れ桜



夜桜
ホテル ニューグランド
ちょっと無理やり感のある構図・・・



夜桜
氷川丸と大さん橋



夜桜
山下公園からみなとみらい方面を望む



夜桜
コスモワールドの観覧車も健在です
色とりどり!やっぱり綺麗だなぁ~!




山下公園の端にローソンがあったのですが、
昨年の9月に閉店していました。
そんなことも知りませんでした。

本当に久しぶりの横浜港見物、
暗かったのですが、気持ちは晴れました。

春の夜風はちょっぴり冷たくて・・・
夜桜をご覧になる方は、暖かくしてお出かけ下さいね。



じゃ、今日はこのへんで・・・




【三渓園】は海のそばだった!

2020年 12月18日 16:41 (金)

こんにちは!メグおばちゃんです。
今日もまた横浜・本牧【三渓園】のお話です。

こちらの日本庭園には京都や鎌倉から移築された建造物が
点在しています。

その中のひとつに三重塔があります。
【三渓園のシンボル的な建造物です。

history01_pic.jpg
↑写真は【三渓園】HPより


この三重塔は、
京都の衰退した寺院・旧燈明寺から大正時代に移築されました。
【三渓園】の重要文化財の中でも一番古い建物です。
三重塔自体は、室町時代のものだそうです。
横浜山手西洋館もそうなんですが、
日本の移築の技術は素晴らしいです。


三重塔

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    

小高い丘の上に建つ三重塔からの眺めです、

三重塔

眼下に見える屋根は旧燈明寺本堂です。
こちらも室町時代の建造物です。
移築は昭和62年になってからで、原三渓氏は見てないですね。
原さんは、昭和14年に亡くなっていますから。
もう少し目を左に向けると町が見えます。(写真なし)

小高い丘の尾根伝いに進むと視界が開けます。

三重塔
展望台を下から見たところです。


三重塔


現在は工場やコンビナートが立ち並び、
高速道路が走っています。


三重塔

海は工場地帯の先にあります。

しかし、原三渓さんが生きていた時代には、
展望台のすぐ下まで海だったのです。
夫J氏によれば、
小学生の頃まで、この展望台の眼下は海だったそうです。
「子供の頃、潮干狩りしたよ!」と語る夫!

現在、【三渓園】南門駐車場や公園、
さらに工場地帯も今見える景色はぜ~んぶ埋立地なのです。



三重塔


昭和39年頃は、夫J氏が言うように、たしかに潮干狩りをしています。
証拠写真↓

三重塔


さらには・・・

三重塔

この海水浴客の数・・・人気海水浴スポットだったようです。


埋め立て、埋め立て、埋め立て・・・

高度経済成長の波に乗って、
自然より、経済成長や利便性を追求したのですね。


昨今の世界的な大規模自然災害や新型コロナウィルスは、
大きな見えない力の
人類に対する復讐かも?なんて思ったりするこの頃です。

う~ん、私は何を言いたいのか?
とりとめのないことを・・・

じゃ、今日はこのへんで・・・



上の白黒写真は↓の本からの引用です。

三重塔




横浜・三渓園の紅葉と水仙

2020年 12月17日 15:16 (木)


こんにちは!メグおばちゃんです。
日本列島が本格的な冬の空気に包まれています。
都内でコロナの感染者が800人を超えたそうです。
もう、止まらない!


さてさて、本日のお話は、
前回の記事の続きです。→


横浜・本牧にある日本庭園【三渓園】


数々の重要文化財となっている建造物と
四季折々の自然を楽しむことができる、
ひろ~いひろ~い日本庭園です。

生糸貿易で成功した原三渓(はらさんけい)の住まいですが、
その庭園の広さ175,000㎡)から、
当時(明治~大正)の原家の富は相当なものだったことを感じざるをえません。
原三渓は、新進芸術家の育成支援もこの場所で、行っていました。
【三渓園】で生まれた日本画も多くあるそうですよ。

関東大震災後は、芸術家の支援は止め、
横浜市復興会長として活躍されたそうです。
戦災の被害も大きく、昭和28年に横浜市に譲渡・寄贈されました。
(庭園の公開は明治時代から始まっていた。)

ちょっと長かった【三渓園】の説明でしたが、
遅めの紅葉が思ったより素晴らしかったです。

前回の記事のエリアとはまた別の場所にも良い紅葉がありました。


横笛




横笛




横笛




横笛
水仙が咲き始めていました。



【三渓園】の代表的な景色と言えば、があります。

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2013年7月撮影


次は写真に写っている三重塔に因んだお話をしたいと思います。



じゃ、今日はこのへんで・・・



横浜・最後の紅葉(三渓園)

2020年 12月15日 15:26 (火)


こんにちは!メグおばちゃんです。
世論に押される形で
やっとGoToキャンペーンが一時停止となりました。
あの方は「自ら判断して」と発言していたようですね。
ちょっと引っ掛かる・・・


さて、本日のお話は・・・
少し出遅れた感じではありましたが、
横浜の名所【三渓園】に行ってみました。
私の神奈川の紅葉巡り2020も山側の丹沢湖から始まり、
街中の【三渓園】が最終です。

【三渓園】をご存じない方へ・・・

実業家で茶人の原三溪によって作られた日本庭園。
国の重要文化財建造物10棟、
横浜市指定有形文化財建造物3棟を含め、
17棟の建築物を有し、
広大な敷地の起伏を生かした庭園との調和がはかられています。
三渓園HPより


横浜市民なら1度は訪れたことがある日本庭園です。

梅に桜、蓮に紅葉・・・
観蓮会・観梅会に観月会など風流なイベントが
年間通して行われています。
お茶会や結婚式の前撮り写真のローケーションとしても人気があります。

今回はもちろん紅葉です。

三渓園

見頃は前の週だったのか?
人が少なくてゆっくり紅葉を楽しめました。
先週まだまだだったところが、
時間差で良い色になっていたのか、
素晴らしい紅葉に出会えました。


三渓園



三渓園
ここはお気に入りの場所でしたが、時すでに遅し・・・
銀杏は見事に終わっていました。


三渓園
2014年撮影


三渓園



三渓園
午前9時


三渓園

午前10時半


同じ場所でもお日様の具合で見え方がぜんぜん違いますね。



【三渓園】の紅葉、もう一回だけアップします。


じゃ、今日はこのへんで・・・