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頼朝と政子・・・そして小泉今日子(伊豆山神社)

2019年 01月16日 08:59 (水)


ハイハ~イ!メグおばちゃんです。
皆さん、連休はどのようにお過ごしでしたか?

私は、源頼朝&北条政子のゆかりの神社へ行ってきました。
そこは静岡県熱海市にある【伊豆山神社】


若き日の頼朝と政子が愛を育んだ場所としても知られている所です。




熱海に行かれたことのある方はご存じかもしれませんが、
伊豆山って、
平地から緩やかに登るのではなく、
とにかく山の急斜面を登る感じです。(車でしたが・・・)

相模湾を望む本殿は海抜約170m、
本宮はそこからもっともっと上にあるという
とにかく山の上にあります。

今回は、登山となる山の上の本宮はパスして、
中腹の本殿でお参りしました。



写真左奥の島は初島。
とにかく眺めが良い所です。




<手水舎>

赤龍は火、
白龍は水の力を掌り、
二龍の力を合わせて温泉を生み出すという
最強の守護神という意味があるそうです。





伊豆山神社は、強運守護・天下取りの神・縁結びの神とされています。

立派な本殿でした。
午前8時過ぎくらいだったでしょうか?
お参りの人はまだ少なめでした。
交通整理係の方が配置されていましたので、
時間を追うごとに混み合うのでしょう。





頼朝・政子が座って愛を育んだ<腰掛石>

メグおばちゃんも座ってみました。
冷たかったぁ~!
(ガードマンさんが「座ってもいいですよ。」と言って下さったので、座りました。)




<縁結び>
記念撮影スポットとして、スマホ置きが設置されていました。
イマドキです。





梅が咲き始めていました。





釣り形式のおみくじ、初めてみました。






歩いてみましたが、急斜面のため、少し危険を感じました。(笑)




いつものように御朱印をいただき、
帰ろうと車を動かすと朱の鳥居の「小泉今日子」の文字が
目に入りました。
訪問前情報で、そのようなものがあるとは知っていましたが、
「ここだったのかぁ!」







平成22年4月15日奉納となっていました。


芸能情報通ではないで、その真意は分かりませんが、
その頃お仕事が少なく、強運を願って奉納したものか?
それとも恋愛成就を願ったものか?
場所が場所だけに気になるところです。
いずれにしても政子に通ずる強さを感じるわぁ~!


伊豆山神社、私にとってなかなか興味深い神社でした。


じゃ、今日はこのへんで・・・














♪鎌倉・建長寺の半増坊の原点は浜松にあり!

2018年 02月03日 15:19 (土)


インフルエンザという鬼が猛威をふるい、
全国的に寒さに包みこまれています。
そんな節分の2月3日土曜日、
皆さんいかがお過ごしでしょうか?


本日のお話は、長くなります。
興味のない方は、スルーして下さいね。




北鎌倉の【建長寺】と言えば・・・
創建が1253年の由緒あるお寺です。
鎌倉五山の第一位でもあります。


そんな建長寺ですが、
お寺の裏山にある半増坊の歴史は、
意外に新しいということをご存じでしょうか?




起源は、明治時代だそうです。
私がなぜそのことを知ったのか?

年末年始に訪れた浜松で立ち寄ったお寺で、
そのことを知りました。




【方広寺】

こちらは、昨年の大河ドラマ「女城主・直虎」の井伊家ゆかりのお寺です。
静岡県浜松市にあります。

そこは、山の中にある立派なお寺でした。














1371年、後醍醐天皇の皇子・無文元選(むもんげんせん)禅師により、
開かれたお寺です。


方広寺の半僧坊伝説は、
無文元選禅師が中国の修業から帰国する際、
嵐に遭ったその時から始まります。

その嵐の中、「私が無事に日本まであなたを送りましょう。」
鼻の高い異人が現われて助けてもらい禅師は無事に帰国。
そののち、浜松で方広寺を創建した際、
また鼻の高いあの異人(鼻高天狗)が現われて、
「あなたの弟子にしてほしい。」と・・・
禅師は「あなたは、半ば僧のようなところがある」と言い、
弟子になることを許し、
そこから「半僧坊」と呼ばれ修行に励むことになったそうです。


禅師が亡くなると
「わたしがこの山と寺を護り、世の人々の苦しみや災難を除きましょう」
姿を消し、半僧坊大権現となり、
方広寺の鎮守として祀られるようになったそうです。

明治時代中期、方広寺の山火事の際、
「無文元選禅師のお墓」と
方広寺の鎮守「半僧坊大権現」だけが焼けることなく残り、
半僧坊大権現様の力によるものだという評判が
全国的に広まっていたそうです。





じゃ、どうしてそれが鎌倉の建長寺と関係があるの?




明治中頃の建長寺の住職は、
ある夜に山の中で白髪の翁(おきな)と出会い、
「私を関東のどこか清浄な地に招いていただけるなら、
そこはこれまで以上に栄え、
いつもありがたいことが絶えることはないでしょう。」
告げられる霊夢を見ました。

住職はこの翁こそ半僧坊大権現であり、
建長寺を護る鎮守にふさわしいと、
自ら半僧坊が祀られている浜松市奥山の方広寺に出向き、
大権現の分身を願っていただいて帰り、
建長寺に鎌倉半僧坊を創建したということです。






天狗の下駄?

<神奈川県の大雄山最乗寺><東京の高尾山>にも天狗の像が見られますが、
方広寺、建長寺とは別由来のもののようです。

天狗と言えば、日本の民間信仰に出てくる、
神や妖怪のことなのだそうですね。
神通力を使ったり、空を飛んだりするとか・・・
古くは、中国由来の言葉だそうです。
このあたり、お勉強の余地がありますね。




さて、そんな方広寺を私が訪れた日は、
お天気が下り坂で、なんとザンザン降りの雨・・・


見所が多いお寺なのですが、
見逃した所も多いようです。
訪れた日は大晦日・・・
新年に備えてなのか?本堂の拝観もお休みでした。
しかし、御朱印だけはいただくことが出来ました。






五百羅漢も有名です。









 
1401年建立の<方広寺七尊菩薩堂>
静岡県最古の木造建築物


広い境内、薄暗い雨天ということもあったかもしれませんが、
メグおばちゃんも半増坊大権現様の幻想的な世界へ
引き込まれそうでしたよ。


今回は、
「鎌倉・建長寺の半増坊の原点は浜松・方広寺にあり」という
お話でした。


長々と失礼いたしました。




じゃ、今日はこのへんで・・・

♪元旦の御前埼灯台

2018年 01月25日 17:49 (木)


よりによって大寒波襲来の日にこんな記事で申し訳ありません。
寒気がするかもしれません。
(コメント欄は閉じています。)


2018年元旦に訪れた静岡県の御前埼灯台のお話です。








一番上の展望台からの360度パノラマの眺めは最高でしたが、
強風のため、呼吸ができませんでした。

御前崎市(おまえざきし)にある灯台ですが、
御前埼灯台(おまえさきとうだい)と呼ぶそうです。

歴史的・文化的価値の高さから、Aランクの保存灯台だそうです。

保存灯台 → 明治時代にできた現役灯台のこと。














とても雑な記事ですが・・・

今日はこのへんで!


♪こんなの初めて!【掛川花鳥園】

2018年 01月13日 15:39 (土)


ハイハ~イ!メグおばちゃんです。
相変わらず冷え切っている日本列島です。


さて、本日はちょっと目先を変えて、
浜松1泊旅行で特に楽しかったことをお伝えしようと思います。


2018年元旦 快晴



【掛川花鳥園】に行きました。

元旦から大盛況!

観光バスや家族連れで賑わっていました。
静岡のラジオ局の生放送現場も元旦はこのテーマパークでした。




ひろ~い温室の中を自由自在に飛び回る鳥たち・・・
咲き誇る???睡蓮。


鳥さんを撮るのに花鳥園では望遠レンズを使う必要はありません。
手の届くところに鳥さんがたくさんいるので、
ちょっとだけズームするだけ・・・



温室の入り口を入るとふくろうの面々がお出迎えしてくれます。
といってもふくろうさんはほとんどが眠っています。





チャコモリフクロウ






アメリカオオコノハズク






ピグミーファルコン
(和名・コビトハヤブサ)

お名前は風ちゃんと鈴ちゃん





コガネメキシコインコ

放し飼い状態ですよ。
(アームカバーの貸し出しあり)




誰でもエサやりが出来ます。人にも慣れています。





せっかちな感じですが、
写真ではなく動画にしてみました!





ごちそうさまでしたぁ~!



キムネチュウハシ


















ギニアエボシドリ






ハシビロコウ(体長120センチ)










クロエリセイタカシギ




エミューにエサをあげる夫J氏!






小アジをキャッチするペリカン





レストランの座席の上にはお花がこんもり・・・
(同じ温室ですが、きっちり鳥エリアと仕切られています。)




ペンギンを抱っこして写真を撮ることが出来たり、
バードショーを屋外で見ることが出来たり、
楽しい掛川花鳥園でした。



動物愛護や衛生面などの観点からは、
お叱りを受けることもあるかもしれませんが、
動物をそばで体感できることは、
またそれなりにいいことだとも思います。


掛川花鳥園、こんな所は初体験でした!
(ここにアップした鳥さんはほんの一部です。)



♪今更ながら、井伊直虎ゆかりのお寺に行ってみた!

2018年 01月12日 17:39 (金)


全国的に寒い日が続いています。
新潟は大雪で大変だったようですね。
多くの方が長い時間、列車に閉じ込められて、
つらい時間を過ごされました。
もう少し早い時期に救出ができなかったものでしょうか?


さて、本日のお話は・・・

昨年の大晦日、雨の中訪れた
井伊直虎ゆかりの龍潭寺(りょうたんじ)のことになります。

自己満足記事ですので、コメント欄は閉じています。
サラッとご覧下さいね。


井伊直虎といえば、
昨年のNHKの大河ドラマの主人公です。
視聴率は、あまりよくなかったようですねぇ。

浜松市内には、まだ「井伊直虎ゆかりの地」と書かれた、
のぼり旗があちこちにありました。




創作ドラマ的な要素が多かった「女城主・直虎」。

浜松の井伊谷の井伊家の城主は
女性であったことが通説となっていましたが、
本当の城主は「男だった」という説も出てきています。

しかし、どの説も決定的な事実を示すものはないそうです。

そもそも歴史の中で、
私たちが学校で習って信じている史実が
科学の発達とともに、覆されることも、
近年多くなっていますね。


私のようなお気楽にわか歴女にとっては、
とことん史実を突き詰めることもなく、
創作ならそれなりに
想像を思い巡らせて楽しむこともできます。


NHKの大河ドラマについて言えば、
毎年、賛否両論ありますが、
大河ドラマが史実に基づいたきっちりした歴史ドラマでなくても
いいんじゃないかしら?
だって、当たり前に思われている歴史も
後世に書き換えられていたり、実に不確か!
そりゃ、史実とされていることが、
すべて正しければそれに越したことはありませんけどね。


主人公の置かれた環境から、
「こんなこともあったのかな?」「こんなことはないな!」と
想像するのもドラマの一つの楽しみ方なんじゃないかと
思ったりします。

くどくどと長くなりましたが、
本日の本題「龍潭寺」のご紹介に入りましょう。




奈良時代に行基により開創の古刹。
井伊家四十代の菩提寺として、
彦根・龍潭寺と共にその歴史を伝えています。
(龍潭寺リーフレット参照)
 

ちなみにあの井伊大老は、36代目だそうです。






立派なお寺で、
ドラマが終わっても、
まずまずの観光客が訪れていました。




江戸時代の襖絵




うぐいす張りの廊下は、忍びを知らせるための仕掛け・・・キュッ、キュッ!








左甚五郎・作
日光東照宮の「ねむり猫」も左甚五郎・作とされている。









直虎と虎松





国指定 名勝 龍潭寺庭園

江戸時代初期に造られた庭園だそうです。
石にはそれぞれ宗教的な意味があります。




廊下に置かれたお座布団に座って、
静かに流れるアナウンスとともにお庭を楽しむことができます。





井伊家のために戦った武将たちのお墓。













もちろんご朱印もいただきましたよ。
しっかり直虎之寺のゴム印が押されていますね。



私たちがお寺をあとにする頃、
観光バスの団体の参拝客が到着。
よかった静かなうちに見学できて・・・



余談ですが、お寺の近くの民家で一袋100円のみかんを購入。
極小でしたが、甘いおみかんでした。






ちょっと残念な雨の龍潭寺でしたが、
井伊家の歴史に触れることができて、
思い出に残るお寺となりました。


じゃ、今日はこのへんで・・・