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★来迎寺 (第五番札所)

2009年 05月11日 12:31 (月)

こんにちは!メグおばちゃんです。

先日、ちょっとご無沙汰だった鎌倉三十三観音巡りを復活させた私たち夫婦でした。

時は、ゴールデンウィーク後半戦、5月3日(日曜日)でした。
この日は、風薫る5月という言葉がぴったりの散策日和でした。
新緑の鎌倉を歩いてきました。

前回の材木座海岸近辺のお寺巡りの後は、
「私たちの観音巡りは北鎌倉を残すのみ。」みたいなことを書いた私ですが、
とんでもないことです。(大汗)

今回ご紹介する【来迎寺】(鶴岡八幡宮近く)をすっかり忘れていました。(汗)

この日の散策は、北鎌倉からではなく、【JR鎌倉駅】からスタートしたのでありました。



【来迎寺(らいこうじ)】


こちらのお寺は鎌倉駅から徒歩で約20分の所にあります。
鎌倉三十三観音巡り第五番札所となります。

静かな住宅街を通り、奥へ奥へ進んでいきます。

新緑の小高い丘が見えてくるとそこに【来迎寺】が出現。






こちらの本堂は平成6年に新築されたそうです。
【来迎寺】について少し調べてみたのですが、結局のところよく分かっていないというのが、
真実のようでした。
ただ安置されている観音像は、南北朝時代の特徴を色濃く残した作品であることは、
共通の見解のようでした。

以下  鎌倉観光協会のHPより
時宗の開祖である一遍上人が1280年頃建立した。鎌倉時 代、西御門に建てられた多くの寺のなかで唯一残っている寺。本尊である阿弥陀如来立像が安置されている。本尊の右に並ぶのは、南北朝時代に作られたといわれる木造の如意輪観音坐像。県の重要文化財に指定されている。







鎌倉三十三観音巡りで忘れてはいけないのが御朱印です。

さてさてこちらの御朱印は・・・    



年配の女性の方が薄暗く静かな場所で、私たちの視線もまったく気にならないという風に、
集中して書いていらっしゃいました。緊張したのはこちらだけ?!(笑)


御朱印をいただき、さあ!いよいよ北鎌倉を目指します。

鶴岡八幡宮の境内を抜けて、北鎌倉方面に歩き出す私たち・・・
そろそろ鎌倉観光のバスや車、歩く人々が多くなる時間でした。

鶴岡八幡宮の新緑・・・




鶴岡八幡宮は、いつでも鎌倉観光の中心です!




最後にちょっと分かりにくい地図ですが、鎌倉の地図を載せておきますね!(載せない方がいい?汗)
位置関係だけチェックお願いします。(笑)

ガイドブック【御朱印でめぐる<鎌倉の古寺>】より



地図の中心が【JR鎌倉駅】です。

鎌倉に【来迎寺】が二つ存在しています。関係はないらしいです。
ピンク色の印が、材木座海岸近くの【来迎寺】です。
黄色の印が、今回訪れた【来迎寺(西御門】です。

そして地図上部赤の印がこの日の最終目的地、【JR北鎌倉駅】そばの円覚寺・佛日庵となります。

続きはまた・・・今日はこのへんで・・・

★補陀洛寺 (第十七番札所)

2009年 02月21日 09:07 (土)

おはようございます。メグおばちゃんです。
本日は快晴の横浜です。朝日がいっぱいお部屋に入って気持ちがいい朝です。

早速ですが、
本日の記事は、逗子から鎌倉歩きの最終回です。
(前回の記事→http://blogs.yahoo.co.jp/mgmg3422/50223241.html)

鎌倉材木座海岸近くの光明寺蓮乗院千手院と拝観した私たち夫婦・・・
この日の最後のお寺補陀洛寺(ふだらくじ)に向かいました。

住宅街の路地を歩いていると何人かのサーファーがボードを持って海に向かう姿をみました。
鎌倉の海のそばに住み、趣味がサーフィン・・・なんともカッコイイ!!!(笑)

歩くこと10分!
見落としそう!通り過ぎてしまいそう!(笑)
住宅街に溶け込んだお寺でした。



【補陀洛寺(ふだらくじ)】

こちらは、鎌倉三十三観音巡りの第十七番札所となります。

源頼朝が鎌倉入りした翌年の1181年に、その祈願所として創建されたのが始まり。開山は文覚上人。当時は七堂伽藍(お堂などの諸設備が完備されていること)の大きな寺院だったが、現在は本堂と庫裏だけが残っているのみ。これは度重なる火災や竜巻でほとんどを焼失したためで、そのことから「竜巻寺」と呼ばれるようになった。           鎌倉ツリープ HPより





この石碑が目印です。
源頼朝祈願所
書かれているところまでは読めますが、
あとはなんて書いてあるのかしら?!(笑)


打倒平家を掲げる頼朝が鎌倉入りをした翌年に祈願所として建立されました。(養和元年 1181年)
こちらのお寺には、平家最後の赤旗なるもの・・・800年前のものが保管されているそうです。
4月の鎌倉まつりのときにだけ一般公開されるそうです。(興味津々・・・)








樹齢200年以上といわれる百日紅!です。→


さてさてこちらの御朱印は・・・


にこやかで優しそうな
男性の方が書いて下さいました。
御住職かな?!



今回の6回のシリーズ化?となりました♪逗子から鎌倉へ♪これで本当に終わりです。

長いことお付き合い下さいましてありがとうございました。



次回【鎌倉三十三観音巡り】は<いざ!北鎌倉>です!

★蓮乗院・千手院

2009年 02月20日 10:36 (金)

ハ~イ!メグおばちゃんです。
今日は朝から雨模様。午後になってようやく雨が上がった横浜です。

早速ですが、
本日は、逗子~鎌倉歩きの続きとなります。

岩殿寺小坪・逗子マリーナ光明寺と歩いてきた私たちです。

鎌倉三十三観音巡りを続けている私たち夫婦ですが、
光明寺のすぐ隣にある二つの寺院にも寄りました。(千手院&蓮乗院)

本当にすぐ横にあるんですよ!こちらの二つも鎌倉三十三観音巡りの札所となっています。




 写真左は【千手院】から見た光明寺山門。        写真右は【蓮乗院】から見た光明寺の鐘楼堂。(奥)



①【蓮乗院】

こちらのお寺は、第十九番札所となります。

創立年代や開山については明らかではないが、光明寺草創以前よりこの地にあり、当時は蓮乗寺と称し、真言宗に属していたと伝えられる。
光明寺を開山した記主禅師良忠上人が、落成に至るまでの間、この蓮乗院に居住して督励に専念された由緒があり、その後、新住職が光明寺に入山の際には、必ず一度この蓮乗院に入り、改めて本山方丈に向かう慣習が残っている。                    鎌倉ツリープHPより

お隣の光明寺より前からあるなんてちょっと驚きでした。
とても小規模なお寺なもので・・・

さあ、入ってみましょう。
メグおばちゃんが行くぅ~!


お参りを済ませ、次は御朱印をいただくのですが・・・

その前にちょっと・・・

こちらのお寺は本堂の中を通常は見ることが出来ません。
しかし、ガイドブックによれば「声をかければ、拝観することができます。」と・・・
そこで、私はお寺の方にお願いしました。
快く本堂に入れていただきました。
そしてこちらには、こんな綺麗なものがあります。【格天井絵と板襖絵】





さすがに撮影は禁止です!写真は、ガイドブックから・・・
かなり加工してあるようで、実物は色が褪せた感じになっていました。
しかし、その方が本堂の雰囲気とマッチしていました。

こちらの天井絵は、昭和53年1月末に完成。
鎌倉在住の松岡家三代にわたる偉業だということです。(お寺リーフレットより)
またこの作品には多くの画家の方々が携わり、仏の世界を思い起こさせるものになっているそうです。
これもまた歴史として残っていくんですねぇ!
リーフレットは説得力ある言葉で書かれていますが、メグおばちゃんが噛み砕いて語ると、
ちょっと軽いですねっ!

コンパクトな空間でしたが、静かな本堂は印象的でした。


さてさてこちらの御朱印は・・・


はらいに特徴がある綺麗な文字ですね!




次に進みます。




②【千手院】

光明寺のこれまたすぐお隣の第二十番札所千手院も訪れてみました。

天照山千手院と号し、もとは光明寺の寺僧寮であり、各地から学僧が集まったと伝えられる。本尊は千手観音。境内に松尾芭蕉の句碑があるのは、江戸時代には寺子屋があったことに由来。1875年に千葉から旅の僧侶としてこの地を訪れ、千手院の住職となり、寺子屋の先生をしていた定賢和尚をしのんで教え子が句碑を建てた。明治時代には小学校となり、材木座の子供たちの学び場となった。
                                    鎌倉ツリープHPより

簡単に言うと光明寺の修行僧の宿舎だったようですね!
その後、江戸時代には寺子屋として近所の子供に読み書きを教える場となりました。

こちらも本堂は通常は見せていただけません。
御本尊は千手観音だそうです。
そうそう!皆さんも一度は目にしたことがあるかもしれませんよ!
観音様の後ろにいろいろな手が出ているスタイルです。

京都・清水寺の千手観音様と同じタイプで、清水寺式だそうです。
私も観たわけではないので、これはガイドブックの受け売りです!(汗)

観音巡りをしているのに、観音様を観ることが出来ない?!ちょっと疑問?
諸事情があるのでしょうが、それはここだけではありません。




このお堂の中に千手観音が・・・
こちらもこじんまりした小さなお寺です。





お庭が綺麗に手入れされていたのが印象的でした。


さてさて、こちらの御朱印は・・・


まとまりのある美しい文字ですね!





海の近くのお寺はあと、一つを残すのみとなりました。
そのお寺を訪ねた後は、北鎌倉の鎌倉を代表する有名なお寺巡りとなります。

鎌倉三十三観音巡りいよいよ大詰めとなります。

今回のあと一つのお寺・・・
よろしかったらお付き合いくださいね!よろしかったら・・・(笑)

それでは今日はこのへんで・・・


参考したガイドブック: ダイヤモンド社  地球の歩き方シリーズ【御朱印でめぐる鎌倉の古寺】

★光明寺 (第十八番札所)

2009年 02月19日 12:30 (木)

こんにちは!メグおばちゃんです。

本日のお話は、逗子から鎌倉を歩いた時の続きです。
逗子・岩殿寺の記事 → http://blogs.yahoo.co.jp/mgmg3422/50118291.html
小坪・逗子マリーナの記事 → http://blogs.yahoo.co.jp/mgmg3422/50162243.html

逗子・岩殿寺で感動して、逗子マリーナ付近で休憩をして・・・

次なる目的地は・・・

鎌倉三十三観音巡りの第十八番札所【光明寺】です。
材木座海岸近くにある大きなお寺です。
私たちは、現在坂東三十三ヶ所観音霊場巡り鎌倉三十三観音巡りを同時進行中です。
今回のウォーキングコースは、その両方を含んだコースとなっています。

【光明寺】

この寺は、天照山蓮華院光明寺といい、浄土宗の大本山。創立は鎌倉時代の寛元元年で1243年といわれている。寺を開かれたのは浄土宗三祖然阿良忠上人。

とにかく大きなお寺です。
ガイドブックによれば、いつもたくさんの参拝客で賑わっていますと書かれていますが、
私たちが訪れるときは、お花の時期でもなく何かの行事の時でもなく・・・(><)
この日もガラガラでした。
それでもいつもの散歩コースなのでしょうか?!何人かの犬のお散歩の人たちとは出会いました。




立派な山門です。
20名以上でお寺が許可した団体は、
山門の二階を拝観することができるそうです。
釈迦三尊を拝観したり、
江ノ島なども見える最高の眺望を
体験できるそうです。
メグおばちゃんもいつか・・・


   山門から本堂を・・・ →
  さあ、境内に入ってきましょう。



ほとんど人がいませんねぇ!(笑)


鐘楼堂です!大きくて立派でした。 →



修行中のお坊さんでしょうか?!お庭のお掃除を一生懸命していました。
こちらのお寺では若い修行僧の姿をたくさん見ることが出来ました。

昔々、こちらのお寺は仏教のお勉強をする道場だったそうです。
また浄土宗の関東総本山であり、徳川幕府の時代には関東18檀林(学問所)の筆頭だったとか・・・
その名残りなのでしょうか?


本堂でお参りを済ませて、本堂の右に進みます。(スリッパが置いてありますので、寒くても安心!)


こんなお庭があります。








本堂をぐるっと回って、本堂の向かって左側には、
【記主庭園】があります。蓮が有名だそうですが、もちろん今の時期はありません。(><)






またこちらのお寺では、予約をすれば精進料理を食べることができます。
4000円と5000円のコースがあるようです。
リーフレットも用意されていて、お寺側もやる気満々のようです。(笑)

私は以前からこの精進料理に興味がありましたが、夫J氏はまったく興味なし!
今回も却下されました。(泣)
「いつか誰かと絶対来てやる!」(←急に交戦的)沸々と闘志に似た気持ちが湧くメグおばちゃんでした。
異常なほど精進料理に執着した私・・・(笑)


さてさて、こちらの御朱印は・・・
書き手は若いお坊さんでした。
光明寺はお寺の組織自体もかなり大きなもので、広い寺務所があり事務専門のような女性の方も
いらっしゃいました。
お食事を出すほかにお寺の名物として一口羊羹長寿飴なども販売していました。
(買わなかったけど・・・笑)

はいはい!横道にそれました。(笑)御朱印でしたね!



流れるような字ですねぇ!
かなり書き慣れた印象ではありませんか?!

こんな感じで光明寺散策を終えた私たちでした。
鎌倉寺院巡りはもう少し続きます。

お時間ある方はまたお立ち寄りくださいませ!
「またかい?!」と思われる方は遠慮せずスルーで・・・(笑)


じゃ、今日はこのへんで・・・

★来迎寺・向福寺・九品寺

2009年 01月30日 15:17 (金)

1月25日、日曜日。
私たち夫婦は、
鎌倉鶴岡八幡宮のぼたん庭園を見学した後、
鎌倉駅周辺を散策、そして最終目的地の材木座海岸周辺のお寺を3つほど訪ねました。

この日の散策で鎌倉三十三観音巡りも後半になりました。
材木座海岸の次、大詰めは北鎌倉です。
北鎌倉には大きなお寺が多いですが、今回の3つのお寺は鎌倉でもかなりこぶり・・・
庶民的なイメージのお寺です。

①【来迎寺(らいこうじ)】

こちらのお寺は第十四番札所となります。
1194年、源頼朝が鎌倉幕府の礎石となった三浦大介義明の霊を弔うため、真言宗能蔵寺を建立したのがはじまり。当時、能蔵寺の名前は、この付近の地名として使われていた。頼朝が亡くなった後、音阿上人が時宗に改宗し、来迎寺に改名した。
本尊には義明の守護仏とされる阿弥陀三尊立像のほか、子育て観音と親しまれる聖観音が祀られている。墓地の奥には義明の墓や、平家方の畠山軍に17歳の若さで殺された多々良三郎重春の墓と伝えられる五輪塔もある。                        鎌倉ツリープHPより

住宅街の中の小さなお寺でしたが、由緒はなかなかです。
我が息子と同じくらいの年齢(二十代半ば)の御住職か副住職でしょうか?!
私たちの御朱印を受けつけて下さいました。
その方は母屋に入るなり「お母さ~ん!」と叫んだあと、
本堂で行われる法事へと向かわれました。
御朱印を持って出てこられたのは、お婆さまでした。
枯れたいい字はこの方が書かれたのでしょうか?













②【向福寺】

このお寺も来迎寺の近くにありました。
第十五番札所となります。
こちらも道路沿いながら、奥まった所に位置しているため、うっかりすると見過ごしそうになります。

鎌倉三十三所観音霊場第十五番札所。本尊は木造阿弥陀三尊像で、南北朝時代の作といわれている。本堂と表門は江戸時代に再建されたが関東大震災で全壊してしまい、昭和初期に建て直された。
                                   鎌倉ツリープHPより
こちらのお寺に、「丹下左膳」の作者、林不忘さんが新婚当時お部屋を借りて
お住まいだったとか?!
「丹下左膳」がどんな感じの作品なのか私はよく知りません。(笑)
その風貌だけはなんとなく・・・



なぜか写真はこの一枚しか撮らなかったようです。(汗)
こちらも法事が始まる前のようでした。

さてさてこちらの御朱印は・・・



こちらの御朱印は、やはりお婆さまでしょうか?!優しそうな雰囲気の方でしたが、
柔らかなイメージの文字ですが、文字自体はしっかりしていますね!




次に進みま~す。




③【九品寺】

第十六番札所となります。

建武3年(1336年)、新田義貞が【鎌倉攻め】の際、戦死した双方の死者のために
<本陣跡>のこの地に<九品寺>を創建したといわれています。
ダイヤモンド社 「鎌倉の古寺」より





ここに書かれている「九品寺」と「内裏山」の文字は、
新田義貞 自筆の文字を模して作られたものだそうです。(お寺の栞より)




さてさてこちらの御朱印は・・・



                   これは分かりやすいですねぇ!↑ ↑ ↑


3つのお寺を拝観したあと、海岸に出てみました。風の強い日でした。
電線が邪魔ですが、遠くに雪の富士山が見えました。




↑  ↑  ↑    こんな写真を撮っていると・・・



          いつもこうなります。↓  ↓  ↓


「おーいっ!待ってぇ~!」

「朝のことまだ怒ってるのぉ~~~~~?!」


今日はこのへんで・・・